自然紹介 2020/03/31

早春だからわかる 大山寺の巨大遺跡 風穴(氷室)


普段は藪で隠されてわからない遺跡も、今の時期なら確認できる

事務所のある大山寺集落は、かつて160以上の僧房が立ち並び3000名もの僧侶が暮らす修行の場所でした。集落周辺の森の多くがかつての僧房の上に存在しています。普段は藪状で遺跡がわかりにくいのですが、下草や低木が葉を展開する前の早春は遺跡が調査しやすくなります。
今回は集落のすぐ近くにありながら、あまり知られていない大規模な遺跡をご紹介します。


25mプールのような巨大遺跡 風穴(氷室)こんなに遺構が良く見えるのは早春だけ

大山寺本堂と金門を挟んだ対岸にある釈迦堂跡一帯は、南光院派と呼ばれる寺院集団の中心地でしたが、16世紀の大水害以降は寺院が分散し、江戸後期にはすべての寺院が移転してしまいました。
ここで特に大きい遺跡がかつては風穴と呼ばれていた遺跡です。江戸後期から明治時代には氷室として使用されていたそうです。


枡形遺構はトンネルで風穴(氷室)と繋がっている

中央には空洞になったかまぼこ型の荒い石組があります(前の写真参照)。たぶんこの石の隙間から冷たい空気が流れ出ていたのでしょう。深いプールのような遺構の横には、枡形の石組みがありトンネルでつながっていました。(現在、トンネルは崩れ落ちている。写真中央)


古い氷室は石組みが荒く崩壊が進んでいる。奥にトンネルが見える

さらに30メートル上の台地には古い氷室の跡とトンネルでつながった枡形の石組みがあります。個人的な推測ですが、かつではこの遺構と下の遺構がトンネルでつながっており、上の氷室から冷たい空気がかまぼこ型の石組みに流れ込む仕組みではなかったかと想像します。


枡形遺構。隣の古い氷室とはトンネルでつながっている。この下の台地に風穴がある

大山寺は戦乱や火災など不幸に見舞われ、1300年の歴史がありながら、古文献がほとんど残っていません。この風穴(氷室)についてもいつだれが作ったかさえもわかっていません。現在は木々が遺跡を破壊していくばかりなので早く発掘調査をして保存管理をしてほしいと思います。

この古い氷室のさらに上の台地には山神社跡と思われる遺跡が、さらに上の台地に古地図で御旅所と記された場所?があります。ここからは眺めも良いので整備すればよいハイキングルートになると思います。

新着ブログをもっと読む